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篠山ABCマラソン ボロボロ

 なんとか完走はしたものの、記録は5時間。
 練習/調整不足の自覚から、4時間20分と下方修正した目標にすら、全く届かなかった。

 思い返せば、2月後半から運気は下降気味だった。
 深夜作業や客先出向が重なり、また体調がすぐれなかったりといった状況にあり、一度20km走を実施した以外全然走れなかった。
 せめて、刺激だけでもと前日に少し流したところ、これが膝痛とハムの筋肉痛を招く結果に。

    ☆    ☆    ☆    ☆

 当日、駐車場探しに苦労しないよう、早起きして出かけることにした。
 妻が4時半起床で、お弁当やら何やら用意してくれた。いつも本当にありがとう。いくら感謝してもしすぎるということはない。

 予定通り6時には出発・・・の筈が、なんと車のキーを機械式駐車場の下に落とすというミス。サービスの方を呼んで助けていただき、結局1時間遅れ。
 呆けた頭はさらにミスを連発。中国自動車道に入るつもりが、何故か名神高速に。ナビの静止も無視して間違った道をひた走る。ボロボロである。

 すぐに高速をおりる。あとはナビの到着予想時刻を信じて、一般道を走った。
 受付終了まで一時間を残して到着するも、会場から2キロ離れた駐車場しか空きがない。
 ゆっくり歩いて、会場に到着した頃には終了間際であったが、無事受付完了となった。

    ☆    ☆    ☆    ☆

 スタートの合図で、ゾロゾロと歩き出す。人が多く道は狭い。スタートラインを超える頃に、ようやくLSDぐらいのペースになっていた。
 妻がどこかでビデオ撮影しているはずだが、見つけられなかった。

 やはり体が重く感じる。
 というか、実際に重い・・・前回のフルから2kg減量の予定が2kg増量しているのだから。

 それでも、10キロを通過する頃には、筋肉痛も治まり徐々に調子があがってきた。以前よりスタミナがアップしている気はする。週末3時間LSDを頑張った甲斐があったというものだ。
 と、調子に乗ったのも、ほんの少しの間でしかなかった。

 18キロ関門で、妻がビデオを構えて待っている。今度はすぐに見つけることができた。
 軽く右手を挙げ、颯爽とカメラに向かう。笑顔で妻とタッチを交わし、走りぬけた。
 あとで分かったことだが、このとき妻の手に構えられたビデオカメラは、スタンバイのままであった。残念。

 中間地点を通過。2時間9分。目標キロ6分ペースより遅れている。
 後半イーブンであれば、目標4時間20分は達成できるはず。しかし、足の状態は、それが無理だと語っていた。すでにペースを維持するだけで精一杯である。

 しし汁をいただいた。美味しかった。足が少しだけよみがえる。
 だが、すぐまた限界がくる。25キロ辺りから、足が思うように動かなくなった。ペースもキロ7分程度まで落ちている。
 痙攣を起こさないよう、何度か立ち止まってストレッチした。回復を促すため、少し歩きも入れた。
 「あかんヘロヘロや」妻にメールを送った。「無理したらアカンで」と返事がくる。

 今回はとにかく完走できればいい。何とかゴールまでたどり着くんだ。
 収容車から逃げるように、ゆっくりと走り続けた。

 30キロの関門は、制限10分前に通過した。
 「次の関門は6キロ先、15時20分です。まだ間に合いますよ」スタッフの方の声が聞こえる。
 50分で6キロ。間に合う。足を止めずに進み続ければ、絶対に間に合うはず。
 ここがある意味、一番辛い区間となったが、沿道の皆さんの暖かい声援に後押しされて、挫けずに走ることができた。

 5分を残して、最後の関門を通過する。ゴールまであと6キロ。キロ8分ペースで5時間ギリギリ。
 妻に無事関門を通過したとメールした。「ゴールは16:00ギリギリぐらいだ」と。「最後まで諦めるな」と返事が来た。

 向かい風と登りは歩いて凌いだ。だが、あまり歩くことはできない。間に合わなくなる。とにかく、ゆっくりでもいいから走り続けなければ。

 最後の1キロはとても長かった。
 待っている妻の顔が浮かぶ。妻のお腹の中から双子が現れて足を押してくれた。頑張れ。

 ようやくゴールが見えた。妻を捜すがどこにいるか分からない。
 キョロキョロしながら、ゴール。
 手許の時計で5時間を少し切っていた。

    ☆    ☆    ☆    ☆

 妻がやってきた。
 顔を見た瞬間に、ゴールにたどり着いた安堵感からか、涙があふれてきた。

 ただいま。時間はかかったけど、なんとか自分の足で帰ってきたよ。

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