電話のベルで目を覚ました。
午前2時過ぎ。
破水したという。こんな事態は想定していなかった。
とにかく病院へ向かう。
破水して子宮収縮が始まっている。点滴で感染防止と収縮抑制。子供達は元気なため、翌朝の予定手術までもたせるとのこと。
二人でドキドキしながら長い夜をすごした。
ともかく、無事、手術予定時間を迎えることができた。
希望はしたものの立ち会いは認められなかったため、手術室の入口で妻を見送ることとなった。
手術室に消えて行く妻を見ていると、鼓動が激しさを増して行くのがわかった。
助産師さんからの指示通り、産科病棟の待ち合い室で待機するが落ち着かない。双子がやってくるはずのエレベーターの前を、ウロウロと歩き回る。
やがて、開いた扉の向こうに、二つの保育器が並んでいるのが見えた。
「おめでとうございます」「とても元気ですよ」「二人ともお譲ちゃんですよ」「出てきてすぐに元気よく泣いていましたよ」助産師さん達の声が飛び交った。
けして大きくはないが、心配したほど小さくもない。肌つやがよく、元気よく動いている。
無事誕生したのだ。
視界が滲むのがわかった。
「ありがとうございます」それが精一杯の科白だった。声はきっと震えていたのではないかと思う。
病室で、戻ってきた妻に付き添う。
痛みに耐える妻。手を握って励ますことしかできない自分が歯痒い。
痛み止めが効き目をあらわし、妻は眠りに落ちていった。
その間、状態のよい双子たちと触れ合うことができた。
保育器の中ではあるが、ボディーマッサージをし、両手で抱いた。
新しい生命のぬくもりを、全身で感じることができた。
消灯となる21時まで妻に付き添った。
殆ど寝ていないが、気が張っているためか元気である。
それにしても長い一日だった。
2006年6月22日。
人生でもっとも長くそして幸福な一日であった。
最近のコメント