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早朝ラン

 早起きして走った。
 休日ランはいつも朝なのだが、7時や8時スタートである。場合によっては10時ぐらいの時もある。こうなるともはや、朝とはいえないのである。 061125_0622

 今日は5時に起き、5時30分には家を出た。
 寒いが走っているうちに温まってくる。身体も軽い。久しぶりに摂津峡まで走った。

坂道を上りきった頃には、太陽が顔を覗かせ始めた。冬の朝の景色は素晴らしい。
 今日はいいトレーニングができた。

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寒い

 近頃めっきり肌寒くなってきた。

 夜の駅前広場。
 Yシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぐ。Tシャツにランパン姿。
 寒いのである。

 子供が生まれてから、帰宅ランはもっぱらショートコースである。約5km。体が温まる頃には到着。
 寒いのである。

 帰宅ランは、時間を有効活用できる。
 ショートコースは、最寄急行停車駅から走って、約30分。
 通常の帰宅なら、そのまま各駅停車に乗り換えて二駅。さらにバスで15分。待ち時間を含めると、ほぼ30分はかかる。走ってもあまり変わらないのである。

 しかし、帰宅ランは荷物(着がえ)で苦労する。
 背負う荷物は少しでも減らしたい。今使っているバックパックだと、ズボンにYシャツ、ジャージ1枚が限界だ。

 通勤は、ランシャツ、ランパン、ランシューズの上からスラックス、Yシャツである。鞄はもちろんランニング用バックパック。ジャケットは会社。はっきりいって格好悪い。
 そして、寒いのである。

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復帰

 淀川市民マラソン後、初ランである。
 筋肉痛で走れなかったから・・・というわけではなく、風邪をひいていたためである。

 レースから帰った時には、声が嗄れていた。
 おそらく、走る前には感染していたのだろう。運動後は抵抗力が弱まっている。それで発病したものと思われる。
 月曜日。多少筋肉痛もあり、体調も優れないため完全休養とした。
 火曜日。走れそうだったが、喉痛が激しいため、やはり完全休養とした。
 水曜日。朝から発熱した。会社を休みたっぷり睡眠をとった。もちろん完全休養である。
 本日。完調ではないが、帰宅ラン(短コース5km)を実行。少し呼吸が苦しかったが、汗をかいたおかげですっきりした。帰宅後、軽く筋トレとストレッチ。

 次のレース予定は翌年1月末の高槻シティーハーフマラソン。少しでも多く走りこみ、体重を少なくとも6月頃のレベル(4kg減)まで戻しておきたいところである。

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完走

 携帯電話の振動で目が覚める。
 5時30分。目覚まし代わりにセットしたアラームだ。
 6時頃朝食を食べ始め、6時40分頃には家を出た。

 第10回 大阪・淀川市民マラソンに出場するのである。
 今年は一人で会場に向かう。生まれて間もない娘達を連れて行くわけには行かない。妻と娘達は家で応援だ。

 妻の電動自転車に乗って、約1時間ほどの道のりをゆっくりと走る。帰りはきっと電動アシストのお世話になることだろうから、バッテリー温存のため、人力のみで走る。
 私のクロスバイクは、バルブ根元のパンクのため使用不能である。最近は自転車での移動機会が激減しているため、チューブ交換も放置状態になっている。

 会場に到着。
 大会本部のテントから少し離れたところに自転車を停めた。標識のポールにチェーン錠をかける。
 受け付け後しばらくすると、開会式が始まった。

 着替え。荷物預け。軽くウォーミングアップし入念にストレッチ。スタート15分前。スタート地点に向かう。
 4時間台目標の最後尾あたりに陣取る。
 今回は、完『走』が目標である。6分30秒イーブンを目標ペースとするが、後半落ち込む可能性も高いため、4時間30分~5時間辺りでゴールできればいい。
 練習不足や体重増加がタイム低下の言い訳になったとしても、走りきれない言い訳にはならないと思う。少ないなりにトレーニングはしている。42km完走できない足ではないはずだ。走れなかったら、それは気持ちの問題なのである。
 だから、タイムはともかく、完『走』はなんとしてでも達成したいのだ。

 スタート。
 ゾロゾロと歩き出す。人数は多いが、スタートラインを越える頃には軽く走り出すことができた。
 ペースを上げすぎないよう気を使い、何度もsuunto t6の速度表示を確認する。周りのランナー達が次々に追い越していく。元来、勝負心は強くないため、抜かれても気にはならない。だが、つられてペースが上がらないよう、自身のペースに集中した。

 ハーフの折り返し地点。体が最高に軽くなる。ついペースが上がっては自重を繰り返す。

 15km。反対側を折り返してきた先頭ランナーが駆け抜ける。さすがに早い。

 中間地点。2時間18分。ほぼ予定通りのペースだ。臀筋、ハムストリングに軽い疲労。このままゴールまでいけるかもしれないという淡い期待感が頭をもたげる。いくらゆっくりペースとはいえ、そう甘いものではないのである。

 17km。義父の姿が見えた。ちょうど妻の実家近くなのである。自転車に乗って応援に来てくれたのだ。有難うお義父さん。あと15km頑張ります。

 30km。6分40秒近くまでペースが落ち始める。一方で、それまで130未満であった心拍数が140を越えるようになる。エイドで一度ストレッチなどした方が良いだろう。
 エイドで冷却スプレーをかけてもらい、少しストレッチ。しゃがむだけで一苦労である。
 立ち止まると再び走り出すのが辛くなるのだが、この頃には歩いている人も多く、給水ポイントは立ち止まらなければ水を取ることができなかった。せっかくなので、給水毎に軽くストレッチをすることにした。

 残り4km。最後の給水ポイント。あともう少しである。念入りにストレッチして、再び走り出す。
 この頃には7分~7分30秒までペースが落ちていた。いつものLSDペースと思えば気が楽である。とにかく8分だろうが9分だろうが、ペースはどれだけ落ちても良い。絶対に歩かないと改めて誓う。

 いつもながら、最後の数キロはきつい。
 立ち止まりたい、歩きたいという弱い心との葛藤である。そのたびに娘達の笑顔が何度も現れた。ジャージ姿の妻が自転車で併走している。頑張れ。励まされて、何とか足を前に進める。
 ゴールしたら、妻に電話しよう。時間は掛かったけれど、歩かずに走りきったよと。

 そんな想像を何度となく繰り返した頃、ようやくゴールが見えてきた。
 歩くようなペースにもかかわらず心拍数は160近くまで上がっていた。スパートしたい気持ちはあるが、無理をせず、最後までペースを守って歩を進めることにした。

 ゴール。
 手許の時計で5時間を少し越えていた。
 やった。5時間は切れなかったが、とにかく完『走』という目標は果たしたのである。
 妻に電話して、そのことを報告した。やったよ。走りきったよ。と言うと涙があふれそうになった。近頃は涙もろくて困る。

 濃い目に作ったアミノバリューをがぶ飲みしたため、気分が悪くなって、嘔吐してしまった。
 帰り道、好物のラーメンを食べるつもりだったのだが。

 やはり、フルマラソンはフルマラソンである。簡単ではない。最後の方は、もう二度と走るもんかという気になるほど辛い。なのに、終わってみると、次こそはと、また走る事になっているのである。
 走るというのは、本当に素晴らしいことだと思うのである。

 そんなことを考えながら、電動アシストに大いに助けられ、家路に着いたのである。

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